どもる事実を受け入れられない自分も認める
受容とか受け入れるという言葉を僕たちは使わない。
受容する、受け入れるということは、そんなに簡単なものではない。
生涯かけて、死ぬ時に感じるもの。
受容する、受け入れるという表現より「吃る事実を受け入れよう」と言う。
それでも恥ずかしくない、どもりたくない、という気持ちも当然ある。
しかし、基本的には吃る事実を認める。
どもる事実を受け入れられない自分も認める。
(「どもりを受け入れている人は、他人からのプレッシャーを感じるか?」の質問に対して)
2012/4/13
大阪吃音教室例会「どもりと上手につきあうために」
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