不安とユーモアは対極にある。
ユーモアは、大きな対処法。
2012/10/12
大阪吃音教室例会「吃音恐怖と予期不安への対処」
2012年10月12日金曜日
2012年9月21日金曜日
共同体感覚
つかこうへいが娘に送った言葉。
「どんなに傷つき、どんなにいやな目に遭っても、今目の前にいる人を信じよう」
まず自分が他人を信じる。
「自己肯定」「他者信頼」「他者貢献」は循環する。
2012/9/21
大阪吃音教室例会「どもりについてみんなで語ろう」
「どんなに傷つき、どんなにいやな目に遭っても、今目の前にいる人を信じよう」
まず自分が他人を信じる。
「自己肯定」「他者信頼」「他者貢献」は循環する。
循環することで「共同体感覚」が育まれる。
大阪吃音教室例会「どもりについてみんなで語ろう」
愛することはできる
今の時代は、他人を信頼することが難しくなっている。
他人もまんざら捨てたもんじゃない。
それを「まわりはみんな敵だ」と思っていたら、
いくら「吃ってもOK」と思っていても、そのなかで吃っていくことは難しい。
だからまず他人を信頼しよう。
人から「愛される」ことは難しいけど、
自分は人を「愛する」ことはできる。
他人は変えられない。
2012/9/21
大阪吃音教室例会「どもりについてみんなで語ろう」
他人もまんざら捨てたもんじゃない。
それを「まわりはみんな敵だ」と思っていたら、
いくら「吃ってもOK」と思っていても、そのなかで吃っていくことは難しい。
だからまず他人を信頼しよう。
人から「愛される」ことは難しいけど、
自分は人を「愛する」ことはできる。
他人は変えられない。
2012/9/21
大阪吃音教室例会「どもりについてみんなで語ろう」
2012年8月25日土曜日
とりあえず言い置く
とりあえず言い置く。
私は私のことをする。
あなたはあなたのことをする。
私とあなたが出会わなければ、それは仕方のないこと。
自分は自分。
決めるのはあなた。選ぶのはあなた。
私はあくまでも「私はこう思う」という自分の考えや選択肢を伝えるだけ。
2012.8.25
サマキャン初任者研修
納得するかしないかは、あなたが決める。
あなたはあなたのことをする。
私とあなたが出会わなければ、それは仕方のないこと。
決めるのはあなた。選ぶのはあなた。
私はあくまでも「私はこう思う」という自分の考えや選択肢を伝えるだけ。
相手の選択肢までも自分が奪ってしまうなんてことは不可能。
サマキャン初任者研修
3つのことば
3つのことば
「ありがとう」
「たすかりました」
「うれしい」
これは愛情がなくても言える。
だからこの3つのことばは言おう。
その結果、関係が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
2012.8.25
サマキャン初任者研修
「ありがとう」
「たすかりました」
「うれしい」
これは愛情がなくても言える。
だからこの3つのことばは言おう。
その結果、関係が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
ただ親として当然のことをする。
出会うこと、変わること
Meetingは「Meet」+「ing」
現在進行形。
「会い続ける」ということ。
出会うことを、シャワーのように浴びる。
それを続けた結果、自分が変化するかもしれない。
2012.8.25
サマキャン初任者研修
現在進行形。
「会い続ける」ということ。
出会うことを、シャワーのように浴びる。
それを続けた結果、自分が変化するかもしれない。
「変化する」ことを目的にするのではない。
あくまで結果として変化するかもしれないし、変化しないかもしれない。
サマキャン初任者研修
ポジティブとネガティブ
よく勘違いされるが、僕たちはポジティブを目指しているのではない。
ネガティブに考えるとしんどいんだなあ、ということに気づくだけでOK。
ポジティブになる必要はない。
ただ「幸せに生きる」決心をする。
ネガティブな自分をそのまま認める。
その結果、ポジティブになるかもしれないし、そのままかもしれない。
2012.8.25(土)
サマキャン初任者研修
ネガティブに考えるとしんどいんだなあ、ということに気づくだけでOK。
ポジティブになる必要はない。
ただ「幸せに生きる」決心をする。
ネガティブな自分をそのまま認める。
その結果、ポジティブになるかもしれないし、そのままかもしれない。
あくまでも「結果」。
「ポジティブになる」と目標にするのは無理がある。
2012.8.25(土)
サマキャン初任者研修
2012年5月25日金曜日
2012年5月18日金曜日
2012年4月13日金曜日
どもる事実を受け入れられない自分も認める
受容とか受け入れるという言葉を僕たちは使わない。
受容する、受け入れるということは、そんなに簡単なものではない。
生涯かけて、死ぬ時に感じるもの。
受容する、受け入れるという表現より「吃る事実を受け入れよう」と言う。
それでも恥ずかしくない、どもりたくない、という気持ちも当然ある。
しかし、基本的には吃る事実を認める。
どもる事実を受け入れられない自分も認める。
(「どもりを受け入れている人は、他人からのプレッシャーを感じるか?」の質問に対して)
2012/4/13
大阪吃音教室例会「どもりと上手につきあうために」
どもれる喜び、伝えることの大切さ
吃音は自然に変わるもの。
自然に変わっていくものに身をゆだねるしかない。
軽減させることを目的にしない。
しかし、結果として軽減されることはある。
吃る人の苦しみは“吃れない苦しみ”
アメリカは、どもりをごまかす方法を教える。
大切なのは「自分がラクに生きられるか」。
どもれる喜び。
気持ちが解放され、“伝える”ことの大切さに気づく。価値観が変わる。
(「吃音の症状を軽減することは可能か?」という質問に対して)
2012/4/13
大阪吃音教室例会「どもりと上手につきあうために」
自然に変わっていくものに身をゆだねるしかない。
軽減させることを目的にしない。
しかし、結果として軽減されることはある。
吃る人の苦しみは“吃れない苦しみ”
アメリカは、どもりをごまかす方法を教える。
大切なのは「自分がラクに生きられるか」。
どもれる喜び。
気持ちが解放され、“伝える”ことの大切さに気づく。価値観が変わる。
(「吃音の症状を軽減することは可能か?」という質問に対して)
2012/4/13
大阪吃音教室例会「どもりと上手につきあうために」
2012年3月17日土曜日
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